滑り転倒のしくみ

1.床面における滑り

床面上における滑りには、大きく分けて、スケートのような定速度の「スライド滑り」と転倒を誘発する危険な急加速の「急滑り」がある。

姿勢をコントロールできるスライド滑りは、スキーやスケート等のスポーツで体験できるように、技術が伴えば転倒リスクが低い滑りであるが、急加速を伴う急滑りは、姿勢コントロールが出来ず、死傷事故につながる転倒リスクが高い滑りである。

超高齢化社会を迎え、今や転倒事故による死亡者は交通事故による死亡者数を上回っており、今後も更に増加していくものと予想される。

転倒事故の原因の大半を占める滑り転倒の抑制は重要かつ急務の課題であり、「防滑」(Anti-slip)がキーワードとなる。

2.滑り転倒のしくみについて

滑り転倒事故のほとんどは急加速を伴う急滑りによるものであり、そのトリガーとなるのが①「介在物」の存在である。

一般的な屋内店舗において使用されている床材は、セラミックタイルや長尺シート、フローリング、石材等であり、表面が滑らかな仕上材がほとんどである。これらは、常時乾燥(清掃された)状態にあることを前提に選定されており、実際、常に清掃が行き届き、床面が乾燥状態を保っていれば、滑り転倒事故はほぼ起こらない。

雨天時に外からの来場者が店舗内に濡れた靴や衣服、傘などを持ち込んだ際に床面に落ちた雨水が存在したり、飲み物がこぼれたままになって放置されたりした場合、滑り転倒事故が起こる。

滑り転倒事故のもう一つの発生要因として、②「人の歩行動作」が挙げられる。

床に介在物がこぼれた状態でも、その存在を把握できていれば、そこを避けて通行すればよく、避けられない場合でも踏み出し足の重心ベクトルが直下方向になるよう慎重に歩行すれば、滑り転倒リスクを下げることが可能である。予め床面の状況が判っているスキーやスケートで転倒せずに滑ることができるのと同様である。

介在物の存在に気付かず、乾燥した滑りにくい床面から濡れた床面に何気なく踏み込んだり、進行方向を変えようと踏み出し足の重心ベクトルが横方向や斜め方向に向いたりした場合、滑り転倒リスクは急激に高まる。

超高齢化社会を迎えた今、③「人の運動能力の低下」も滑り転倒リスクを高めている重要な要因と言える。

厚労省の最近の統計によると、転倒事故による死亡者数の9割以上が65才以上の高齢者であり、手足の力や動作速度等の能力低下が大きく関わってきていることが伺える。

高齢者や非健常者等に配慮した住まいや公共施設の整備は、重要かつ急務の課題である。

3.滑り転倒リスクが高い場所

前項で述べたように「介在物」が存在しやすい場所や走ったり、立ち上がったり、方向転換したりなど不規則な動作をし易い場所は、滑り転倒リスクが高い、防滑対策が必要な場所と言える。

公共施設や不特定多数の利用者のある施設等については、平成18年12月20日に施行された「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」、通称「バリアフリー新法」において、その施行令で、学校や病院、劇場、百貨店、ホテル、飲食店等の特定建築物の出入り口や廊下、階段、傾斜路、通路等の各条項において、「表面は、粗面とし、又は滑りにくい材料で仕上げること」と明記してあり、これらに基づいた施設等の設計も浸透してきている。
これらの他、設計時に配慮が必要な代表的な場所と状況を列挙する。

【一般家庭の浴室床】

水だけでなくボディソープやシャンプー、リンスなど滑り転倒リスクが非常に高い介在物がこぼれている可能性がある場所である。狭い空間で、立ち座り動作や踏み出し、方向転換など様々な不特定動作をする可能性があり、高齢者の利用も多い。

最も滑り転倒リスクが高くなるシャンプー介在物がこぼれていると想定した場合、実際、高齢被験者にいろいろな動作で歩行してもらい転倒リスク度を調査した結果を表1に示す。

実際浴室床材として使用されている床材B~床材F(床材Aは滑りやすい比較用、床材Gは下足歩行場所用で浴室用ではない防滑シート)について、直角曲がり方向転換歩行パターンが最も転倒リスク度が高い結果となっている。

【厨房・食品工場】

水、お湯、スープや清掃時の洗剤等がこぼれている可能性が高い場所であり、刃物や加工道具を持ったままで急激な方向転換等の動きが頻繁に起こり得る。転倒した場合、大怪我を伴う可能性が高い。特に食品工場は防滑性能の他、HACCPに対応した床材であることも求められる。

【温泉・スーパー銭湯等浴場】

ぬめりを伴った様々な泉質のお湯、ボディソープ、シャンプーや洗剤等が存在する可能性があり、高齢者の利用も多い。